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「高橋大輔」を好きなだけ語るブログ

25ans 8月号 高橋大輔さん取材秘話 の感想

7月12日に公開された、Web限定でのヴァンサンカン8月号・高橋大輔選手取材のこぼれ話。
めちゃめちゃ面白くて、一度感想を書き始めたのに、その後色々あって続編も来て氷艶も来て、何やかんやで中断してたので、改めてまた読んでみた。

やっぱりめちゃめちゃ面白いです。
25ansさんの記事のアドレス↓
http://www.25ans.jp/lifestyle/skate/daisuke_190712/

この時公開されたこぼれ話は、高橋くん自身が話す音楽への感覚の話。
まさに聞いてみたかった話!
興味津々で読みました。

と言っても、高橋くんが彼自身の感覚について話すと、次元がこっちの想定外過ぎて、???ってなったりしなくもなかったりする時があったりするけど。
とにかくご本人の感覚を聞けるってほんと貴重で面白い。

素晴らしい質問をして下さって、興味深い話を引き出して下さって、かなり今更ですけど、本当にありがとうございます。ライターは渡辺佳子さん。

音楽の捉え方

いきなり「僕は音を聞けてない」「カウントも取れない」という、え?誰の話してんの?ってなる高橋くんの言葉で始まるこぼれ話。(笑)
どう考えても、音を聞ける、カウントが取れるの意味が、私の知ってる意味と違う気がする。

色々繋いで考えてみると、どうやら彼の出来る出来ないの基準が、彼自身の理想の水準にあるっぽい。
話の基準が全部、”一般的に”じゃなく、”それなりに高いレベル”でさえなく、”自身の理想の中で”、なんだ。多分。暗黙で。

でも、この方の表現の理想って、世界最高水準、すら超えてるかも知らん、もう果てなき道の追求なんじゃって時々思えるんですけど。それが自分への常時の基準なんですか?

…なるほど
…これが表現者の気構え…😱

だから何でもどんどん上達するのか。
妥協がない。向上心の塊。

そういえば氷艶の時の台詞や歌も。
1カ月足らずで尋常じゃない上達振りだったなあ。

さて、興味深かったのはそこからの音楽の話。
音楽をカウントではなく「個々の音ではなく連続した”音のかたまり”として覚えるタイプ」と言う高橋くん。

彼が、音楽をカウントで捉えてない事は何となく感じてたけど、”音のかたまり”で覚えるって話は、新鮮で面白かった。

なるほどなあ。
その辺が、自分が高橋大輔のスケートを、音楽の波っぽいって感じる部分なのかな。生き物っぽいてゆうか。生っぽい

音楽とカウントで思い出したのが、むかし小学校で習った指揮の形。
何分の何拍子だとこの形、とか拍子で取るタイプの形式を習った(3拍子なら三角を書くみたいなヤツ)。

でも自分がTVで見たオーケストラの指揮者は、どうもその形でやってるように見えなくて、長い事不思議だったんです。
学校で覚えた形と全然違うけど、じゃあなんでアレを習うんだろう?って。

だいぶ経ってから、初心者にはでリズムを取るのが大事で、あれが基本なんだろうなと思い至りました。そう言えば校内合唱大会とかあったしな。(解釈間違ってたらすみません)

自分がTVで見た指揮者って、カラヤンとか小澤征爾さんとか、相当有名な人をTVでちょっと観ただけで、統計として偏ってるかも知れないし、もしかしたら、基本をアレンジしてる事もあったのかも知れないけど、彼等の動きってもっとすごく自由に見えて、でもまさに音楽そのものだった。
それこそ拍のカウントじゃなくて、音の連なりので捉えてるような。
指揮者を見てると曲の情感がより膨らむ感じがして、指揮者を見るのがすごく好きだった。
そう言えば高橋くんのスケートを観るのと同じ感覚があるなと、今回の話で急に思い出す。

つまり、高橋くんの音の聴き方も出し方も、ああゆう人達と似てるトコがあるのかも知れない。
と、完全勝手な妄想仮説だけど、勝手に納得しました。

高橋くんって、聞こえる音色(楽器)によって醸し出す空気が違うし、主旋律だけを見せる空気でもないし、音の波が身体のあっちこっちにあって、多彩な音楽全体の表情を、身体一つで複雑に絡ませて魅せてくる。
あの音の捉え方が、かなり私のイメージの指揮者に重なるんです。

ってことは。

エストロ高橋大輔

おおぉ。

その上、彼は広大な場を疾走しながら踊る事が出来る訳で。

つまり。

エストロのフィギュアスケート

…おおぉ。
すごくイイ。(妄想継続中)

音楽の音色のそれぞれの力、音程差、重なり、強さ、弱さ、つながり。
曲を作った人や演奏する人の込められた想い。
高橋くんのスケートを見てるとそれが自分にもよく分かる気がする。
放っておかれる音が全くなくて(でも本人の弁では”聴こえてない音”がまだあるらしい)、音楽に対してすごく誠実で、敬意を感じる。

そう言えば、振付師の宮本賢二さんが、「ジャンプ前の部分でジャンプしやすいようにと振付したら、(高橋くんに)音が余ってるから動いて良いですかって言われて動きを増やした事ある…」というような事を言ってた。(2014年のKENJIの部屋)

宮本さんにとって余程印象的だったのか、折に触れてそのエピソードを話してる気がするけど、高橋くん本人はその出来事を覚えてなかった様子。
でも「音が余ってたらそっちが気になって演技に集中できないし」というような事を言ってた。

25ansの記事中でも、「どうしてもこの音でこのステップだとしっくりこなくて落ち着かないと思うこともあって」「足したり引いたり」「丸ごと違うところに入れたり」って話がある。
でもね、振付師さんはね、試合での点数のためにはね、それが最適だと多分思ってね、…って思うけど(笑)。
そんな高橋くんの感覚がとても好きです。

優先順位が完全に、点の取りやすさ<音
音、最優先

そうやって音楽に素直に誠実に向き合って、音楽と完全に一体化して動くから、彼の動きが音楽の視覚化になる。しかも彼の感受性で、曲の情感が増幅される。
やっぱり音楽センスのかたまりじゃないか。

しかし「リズム感ない」とご本人は思ってる、と来たもんだ。
面白いなあ。

多分彼はカウントだけを取り出しては聴けないだけで、リズムも"音のかたまり"の中にしっかり入ってるんじゃないかな?と言う自分の勝手な想像。

そうじゃなきゃ、違う選手の曲がかかってる会場で、聞こえないはずの自分のプログラム音楽のテンポに合わせて、寸分の狂いもなく練習できる意味が分からない…。
※多分公式練習中の動画で、会場で流れてたのは別の曲だったけど、高橋くんの動きに彼自身のプログラム曲(ブルース)を編集で被せてみていて、その被せた曲と高橋くんの振付の一致ぶりに驚愕するヤツ。
めっちゃタイムリーにツイッターでこの動画を見つけました。ツイッター(であげてくれた方と、そもそもアップしてくれた方々)ありがとう!

www.nicovideo.jp

テンポは正確だけど、カウントではないって…
そっちのが難しくないか???

…むーん。
貴重なご本人の言葉を聞いて、私の脳ではまた謎が深まってしまった。

そう言えば、確かLOTF(ダンスの舞台)の稽古では、ダンサー達がカウントでどんどん振付を覚える事に驚いてた気がする。
反対に、氷艶「破沙羅」の時の日本舞踊の稽古では、カウントが全くないのに驚いたと言ってたような記憶もある。

高橋くんにとってリズムは音楽の中に一体になってあるのかな。
それで、切り離されてどっちか一方になると戸惑うのかも知れない。

そうそう、「音だけを聴くとリズムに合わない部分がある」って話も興味深い。
ブルースとかでよくあるような、リズムより旋律の流れの方が若干遅れたりする、アレの事でしょうか?
ドラムスやベースなんかの正確なテンポの上に、緩急の遊びがあるメロディが乗る感じの。
あの揺らぎが最高に好きなんです。
高橋くんがそれを見せてくれるのが、すごく好き。
あの間(ま)に感情移入する。


高橋くんの動きから、音の呼吸みたいなのをすごく感じて、見てる自分の呼吸までグッと止まったりユッタリしたり息が上がったりする。体ごと反応する感じ。
音のかたまりが波になってどんどんやって来る。

彼の言った言葉の定義は、自分には想像でしか分かりませんが、とにかくやっぱり、私は高橋大輔の音楽感が、大変に好きだなとしみじみ。

踊りごころ

こどもの頃は「踊れる子ではなかったと言う本人の話も興味深い。


ただ高橋くん、踊るのは昔から好きだったんですね。なんか嬉しい。
なのに踊れなかったとご本人が語る理由は、誰かに出来てないと言われたからのようですが、好きでやってる事を周りにダメ出しされて、一気にそれが苦手になってしまう子だって多いと思う。
でも高橋くんは、コンプレックスにはなったけど、踊るのが好きなままだったって事が、本当に本当にありがとう、って気持ち。

踊れてないって言われて、そのまま自分は踊れないって思い込んで、でも苦手になるんじゃなく、だから「踊れるようになりたい!」って思った高橋少年。
それだけ強く踊るのが好きだったんだから、踊り心は元々めちゃめちゃあるんだと思う。

その後「周りの環境のおかげで踊れるようになった」って高橋くんは言う。

その、スポンジが水を吸うように周りに影響されて自分に取り入れる素直さと、且つ自分の好きはしっかり守る芯の強さが、彼のあの踊りを作ってるのかな。

ああよかった。
高橋くんの踊りが、こうして奇跡の道を辿って、自分も体感できる恩恵に授かれて、本当にありがたや😭

解釈は人それぞれ

演技のテーマについての話は、”同じ映画を観ても感じ方は人それぞれで、それならそれぞれが違う受けとめかたをすればよい”という、いつもながらの彼の言葉😊

そして、やっぱり昨季SPのシェルタリングスカイは映画観てなかったのか。(笑)
本当に音楽だけから繊細に雰囲気を構築できる人だなあ。
余白のある世界観が嬉しい。

シェルタリングスカイの音色に砂漠っぽさを感じなかったらしい高橋くんの話は、分かる気がする。
自分にとっても、海とか星空とか、ちょっと冷涼だったり水っぽいイメージの方があって、不思議だなと思った。
でも音の中にある虚無感みたいなのが、やっぱりただっ広い砂漠の中に一人いるような孤独感にも繋がる気がして、その心象風景が砂漠っぽいような。自分には。

渡辺さんによる記事の最後のまとめ文もまた素晴らしい!

ストレートに納得しました。

「自分の解釈を見ている人に押しつけたくない」という髙橋選手。受け取めた音を体の動きでアウトプットするけれど、そこから何を感じてもいいですよと、受け手側に解釈を任せるのが髙橋選手の流儀。だからこそ、音楽そのものが持つ情感が直に伝わってくるのかもしれません。

そうですよね。直に。
直に、肌に、生で、音楽の世界が伝わってくる。(画面越しでも)
すっごく贅沢な体験だといつも思う。ありがたや。ありがたや。

高橋大輔というフィギュアスケーターを作った全ての人や現象に、感謝をしてもしてもしきれません。
もちろん誰よりも、高橋大輔さん、ありがとうございます!