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「高橋大輔」を好きなだけ語るブログ

徹子の部屋(ゲスト高橋大輔選手)の感想

大好評の感想を沢山聞いてた「徹子の部屋高橋大輔くんの回(2019年4月4日)。
放映の日からだいぶ経ったけど、やっと自分も録画を見られました!
短い時間の中でも高橋くんの素の良さがいっぱい紹介されてて楽しかった。

特に、引退後ニューヨーク(NY)へ語学留学へ行った時の話についての徹子さんの反応が印象的で、ムズムズと感想が書きたくなっての投稿です。

行って良かったNY🙌

高橋くんは、NYでの生活を割と自虐的に語りがちだけど(「今思えば逃げだった」とか「荒んでた」とか)、徹子さんが高橋くんのNY行きを全部肯定的に捉えてて、またその仰り方やタイミングが素敵でじーんとした。
これが人生の経験者の言葉の力かーと思った。

自分の弱さをしっかり見つめて隠さず口にするのは高橋くんのすごいトコだし、自分に厳しくダメだしする客観性が彼をどんどん成長させるんだろうと思うけど。(でもそこまで言わんでもー!と時々思う・笑)
ただの外野の傍観者の自分としては、高橋くんのNY留学は、本当に心から行ってくれて良かったなと勝手に思ってるから、徹子さんが前向きに受け止めて、高橋くんから肯定的な言葉を引き出してくれたのがすごく嬉しかった。

徹子さんも人気絶頂で仕事をされていた若い頃「このままだと何も知らないうちに世の中終わっちゃう」と自分の状況を変える為にNYへ行かれた事があったんですね。知らなかった。

ちょっと気分を変えるのは良かったと、ご自身のかつての経験を踏まえて、高橋くんに向けて「後になればあの時のNYは良かったなって思えますよ、絶対にね」って。
それに笑顔で何度も頷く高橋くんを見て、「今でももう思えてるでしょ?」と畳み掛ける徹子さん。
そこから「あの生活があったからこそ次に踏み出せたし、すごく良かったなと思う事は沢山ある」という高橋くんの言葉が聞けたのが嬉しい。
素敵な言葉と素敵な言葉の引き出し方に、黒柳さんの徹子の部屋44年目の訳を見た気がする☺️

引退を決めたあの頃の高橋くんは、すごく自分を保つのが難しい状態だったと思う。
人前ではニコニコしてて、落ち込んでるような素振りは全然見えなかったけど、目や声に張りがなくなってるのは分かった。

引退の前、ベテランの年齢で靭帯の古傷を抱えたまま過密な試合を重ねた事も、
骨挫傷という骨折寸前の怪我を抱えて五輪の最終選考の試合に出るしかなかった事も、
それで怪我の安静期間を十分に得られなかった事も、
代表に選ばれた責任感で自分を追い込んで過酷な練習を課した事も、
直前のロシアでの練習中に高熱を出して体力が落ちただろう事も、
熟睡できない治療具をつけたままのきつい治療を五輪中まで続ける状態だった事も、
試合に使う曲の事で彼自身とは全然関係ない下らない騒動に巻き込まれた事も、
ご本人にはどうにもならなかった色んな事をなにっひとつ言い訳せず、
結果に対してはただただ自分のメンタルの弱さを責める言葉ばかりで、自分への自信を失くしていたらしい高橋くん。
それでもひとたび滑ればあんなに人の心を動かすスケートをしてくれてたのに、彼自身にはもう分からなかったんだろう。

なるべく人に会いたくなかったと言う程自信を失って、それでも律儀な性格からか、今までお世話になった人や企業に恩を返すように、スポンサーのイベントや地方のトークショーや子ども達へのスケート教室やらTV番組のゲストやら、笑顔で色々こなしてたけど、確かに出来る限り表への露出はしたくなかったんだろな。

徹子の部屋」に前回出たのもこの頃で、今回の番組で当時のVTR「全力で当分滑っていただけるのがいいな」と仰る徹子さんに、言葉を選びながら答えるかつての高橋くんの場面を振返ってたけど、それを懐かしむような目で見てた今の高橋くんにちょっとしんみり。
改めて今見ると表情の違いが歴然としてて、穏やかさは同じでも、目の力も言葉の力強さも全然違う。

あの頃の疲れきって自分を見失ってた彼が、あれ以上日本に留まっていたら、疲弊して摩耗し切ってしまったかも知れない。(そんなの絶対イヤだ!)
引退したての注目の人気選手をメディアはあの手この手で待ち構えてた。なんか訳の分からん熱愛報道とかも作り上げられてたし。
静かに自分を見つめ直したくても、日本にいる限り周りが穏やかに放っておいてくれる環境じゃなかった。

あの時、受ける仕事を厳選して、日本を離れてくれて本当に本当に本当に良かった。

高橋くんのコーチ、長光歌子先生の話では、あの頃は色んなオファーをほとんど断ってしまって、調整をするマネージャーさんは大変だっただろうと話してたそう。
一時の人気仕事だけじゃなく、この先生活にずっと困らないような有難いオファーもあったそうだけど、それもみんな断って、日本を出る決意をした。

「逃げるように」とかご本人は言うけど、歌子先生にもったいないと言われるような好条件の仕事のオファーが沢山ある場所を、そこにいたら自分がダメになると自分で判断して離れる決意をしたんだから、すごく真面目な人だと思うしすごく勇気ある決断だと私は思う。かつての徹子さんみたいに。

そう言えば高橋くんのアメリカ留学前の最後の置き土産に、リステリンのCM企画もあった。
リステリンという商品をとにかく21日間続けて使ってみてもらおうという趣旨にかけて、新しい事に21日間挑戦するという企画で、高橋くんのNYからの自撮り動画を何回かに分けてアップしてくれたんだった。
このお陰でアメリカへ行ったばかりの頃の彼の映像が少しだけ見れた。

高橋くんの挑戦は、色んな人に話しかけて笑顔を撮るみたいなんだったかな。ニコニコ現地の人に話しかけながら、沢山の人達の笑顔を集めてた。
あの時高橋くん、自分を変えたい、変わりたいって仰ってましたね…。

本当は静かに放っておいてほしい時期だったろうと思いつつ、日本を旅立っちゃった高橋くんが気になって仕方がなかった自分にとって、短い期間だったけど泣きたいくらい有難く、貴重なアメリカでの高橋くんの映像でした。

でもあれは、日本の色んな事から離れたかった彼にとって、負担の大きい企画だったかも知れないなあと今になって思う。それでも引き受けてくれて、アメリカ生活の欠片を見せてくれて本当にありがとうございました。やっぱり律儀な人だ。

高橋くん自身は、マンハッタンでの生活を自堕落みたいに語るけど、語学学校に通いながら宿題して、ダンスの講習も受けて、お芝居やら展示会やらNYのエンタメに沢山触れて、友達といっぱい遊んで食べて飲んで、たくさん悩んで考えて人と話して、そうゆう自由な生活をあの時の彼が出来たって事が、何故か赤の他人の自分にはすごく嬉しくてホッとする事だった。

なんせとにかく元気になってほしかった。
高橋くんのスケートのファンとしては、あわよくばその先にスケートへの気持ちが戻ってくれたらって願望もあったけど、とにかく何でもいいから元気になってくれ笑ってくれ人生を楽しんでくれと祈る思いだった。
もはや何目線なのか自分でも分からなかったけど、ひょっとしてこれがって事ですか?

すっからかんになる程精神力を使い果たして、萎れ切っていた高橋くんの心の花の根っこに、ちょっとずつ養分が取り込まれて行くような、そんなイメージで勝手に見てました。

練習漬けのアスリート生活しか知らなかった高橋くんには、毎晩飲むだけで荒んだ生活にも思えたのかも知れないけど、それくらいの自由さで「荒んだ」なんて言われると…、私も自分の胸に手を当てて過去を懺悔しないとマズい気になってくるぞ。しないけど。ただの楽しい思い出としか思ってないけど(笑)。

私が自分に甘いのは確かだとしても、高橋くんは自分に厳し過ぎると思うよー。
でもつまり、それだけ制限の多い生活をそれまでしてきてたからこそ、なんでしょうか。改めてアスリートって厳しいんだな。

だけど、この時にしっかり全力で自由な時間を使ってくれたからこそ、次の決断が早かったんだと、高橋くんのいろんな言葉を聞いて思う。
自身の次の目的が見つからない中、活躍の場を求めて精力的に動くニューヨーカー達と間近に接して、自分はこのままここにいてもダメだと決断したのは結構早かった。

渡米の前は、留学は最低でも1年、多分2〜3年、もしかしたらもっと、なんて話だったのが、7ヶ月での帰還。
そうゆう判断の早さと潔さはさすがトップアスリートだなって感じる。そしてめちゃめちゃ嬉しかった。🙌

つまり、NYへ行ってくれて本当に良かったし、早めに帰ってきてくれて本当に嬉しかった。😭😭😭

徹子の部屋では他にもいろいろ素敵な話があったんだけど、NY留学のくだりで自分の心が回想状態になってやたら長々書いてしまいました。
もうこの辺にしとこう。

あ、やっぱりあと一つだけ。

幼少期の家族との心温まる話からの、実家の両親にお礼のつもりで家と犬をプレゼントしたという話も素敵でした!

かつては狭い家で、実家に自分の部屋がないから帰りづらかった(笑)という高橋くんが、新しい家をプレゼントしてからは自分も帰る機会が増えたって話も、聞いてて何だかほっこりする。ご両親もすごく嬉しいだろうな。

それまでに稼いだお金は全部つぎ込んだというのは初めて知ったけど、貯金に頼らずこれからしっかり働くぞという決意がイイ!

人に大事にされて人を大事にする高橋くんの原型が、高橋家のご家族の関係から見えるようで、良い話だなあとしみじみ。

徹子さん、高橋くん、素敵なお話をたくさんありがとうございました!