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「高橋大輔」を好きなだけ語るブログ

高橋大輔 沼への道 step19 ラクリモーサ

今は「スケートが好き」「スケートが楽しい」と少年のような笑顔で口にする高橋大輔選手ですが、そこまで辿り着くにはなかなかの道のりだった訳で。

4年前、スケートがどこまで好きなのか少し引いて考えたいって言って、期限も決めずニューヨークへ旅立ってしまった高橋くん。
結局、留学期間は半年ちょっとくらいだったのかな。思ったより早い切り上げで、こちらとしてはとりあえず嬉しかったけど、肝心なのはそこからだ。

春にNYに渡った時は、スケート靴を持って行かなかった。
夏に一時帰国した時は、母校の関大リンクで練習する様子がインスタに上がってたし、夏以降はスケート靴も持参してNYのリンクに出没してたみたいだけど、本人の後述ではまだスケートへの思いが定まらない中だったらしい2015年12月のアイスショー、クリスマスオンアイス(XOI)への出演。

今回は、そのアメリカ留学後のスケートになったプログラムの話。
自分が、この演者の演技から絶対に離れられない理由、みたいなものを改めて再確認したプログラムでした。

マザータング/ジャスト/ラクリモーサ

Nico Muhlyの"Mother Tongue”、 David Langの”Just (after Song of Songs)”、Zbigniew PreisnerのLacrimosa - Day of Tears”の3曲から成るプログラム。
3曲目の"Lacrimosa"を繰り返す歌詞が印象的なせいなのか、ファンの方達の間ではラクリモーサとだけ呼ばれる事が多いみたいです。
振付はシェイ=リーン・ボーン。

久しぶりに高橋くんのスケートが見られる!という喜びがほとんどだったけど、観る前は、ほんのちょっとだけ不安もあった。私が。
高橋くん、どんな状態なんだろう?って。身体的にも精神的にも。
ちゃんと充電出来たのかな〜もう大丈夫なのかな〜と、やや恐る恐る待ってた。(心配し過ぎだ)

肉体的には、長く氷を離れていたブランクがあるし、かつての日々鍛え上げていたような筋肉やスケート技術は、維持出来ている訳はない。

そうは言っても、高橋大輔がスケートをすると聞けば、自分は反射的に期待してしまう何かがある。もう無意識の、自分の意思ではコントロール出来ないレベルで。これまで何度も凄い体感をさせてもらってるうちに、パブロフの犬状態になってしまったんだな…。
スケートの技術云々とは多分ちょっと違うやつで、高橋くんが時間や空間に醸し出すあの独特の何かを待ってしまう。さあ高橋大輔のスケートが見られるぞって、脊髄反射で待ち構えてしまうんだけど。

超えて来た。

ゾワッとした。

やっぱり只者じゃなかった。
知ってたけど。

見事なまでに只者じゃなかった。

身体から飛ばしてくる何か。何かよくわかんないけど、トニカク圧倒的に訴えかけてくる何か。
最初っからいきなりそれに捉えられて、身じろぎも出来ない感じだった。

今見返すと、あの氷が蕩けるようなヌメルようなスケート技術は確かに影を潜めてるんだけど、当時は気にならなかったな。それどころじゃなかったから。

混沌

まず心の中を占めてきた感情は、孤独感。
凍えそうな程の孤独。
そこに、混沌とした息苦しさとか、寂寥感とか、
底冷えするような空気が一遍に押し寄せてくる。

何かの懺悔でも聞くような苦しさに、ずっと鳥肌が立ってた。(妄想旅立ち中)
でも、痛々しい心の闇を覗くような、倒錯的な悦びもあったりして。(なんか変態な感想だな…)

一瞬も目が離せない。すごい引力で惹き付けられる。
美しくて得体が知れなくて何か怖いの。
もうサイコーだ!
(私やっぱりちょっと変態かな…)

それにしても、演者の高橋くんは一貫して強い視線で前を見据えてるのに、なんでこんなに不安感を煽られるんだろう。

まず冒頭の”Mothe Tongue”の不安定な世界にざわざわする。何かに追われるような焦燥感。
小刻みな動作。忙しなく操られるような動き。強く前を見据えている様だけど何を視ているのか分からない視線。

そのざわめきから一転して”Just”の静寂。惑い。変化。
動きが緩む。一つ一つ静止画のように取られる美しいポーズが宗教画のようで、それぞれの力で確かな意味を持って迫ってくる。(何の意味かは分かんないけど)

ラクリモーサ"の嘆きのようなコーラスからは、どんどん何かが覆い被さってくるような、同時に何かがすごい勢いで解放されていくような。とにかくすごく強いエネルギーが空間に渦巻いていく感じ。
それを受け止めようとして、どんどん自分の腹の底に力が入ってく。

最後に天に向かって突き出した、剥き出しの左腕が何かの啓示のようで、残像がいつまでも胸の奥に残る。
最終的には目を見開いて睨みつけんばかりになって画面を観てた。
そうでもしないと伝わってくる世界の重さに対峙できない。

時間も空間も分からないくらい気を張って集中して、いつの間にかあの世界の中に放り込まれてた。
ガランとした広大な空っぽの空間のようでもあり、息苦しい程に何かが詰め込まれた濃密な空間のようでもあり。
そして、気がついたらもう終わってる。あっという間。

何だったんだ…って、
しばらく呆然としてから、全身が強張ってる事に気がつく。

観るだけで筋力(主に腹筋)を使う演技って、何なの
終わっても暫く動けない。

TV画面を通してこれですから。会場で体感したらどうだったんだろう。

特にXOIのは、画面越しに感じ取るだけでも神経がヒリヒリする。覚悟なく深追いしたらこっちも傷だらけになりそうな、そんな荒涼とした世界のイメージ。

過去に演じられた高橋くんの面影とかじゃなく、全然そうじゃなく新しい世界なんだけど、ああ、高橋大輔高橋大輔だなあって、しみじみした。

この時点では、今後高橋くんがスケートとどう向き合っていくのか、自分には全く分からなかったけど、とにかく高橋大輔はやっぱり高橋大輔なんだ、これなんだって、ふにゃふにゃと嬉しかった。

このプログラムは、2015年のXOI大阪公演・新横浜公演と、翌2016年スイスで行われたIce Legends 2016(ステファン・ランビエールアイスショー)で披露されただけだったと思う。(ですよね?)

何と言っても初めて目にした(TVで)クリスマスの大阪公演千秋楽の演技が一番印象的だけど、新横浜公演千秋楽の演技も射抜かれた。強かった。
Ice Legendsのバージョンは、より厳かで洗練された感じ。XOI版ほどの生々しい息苦しさではなく、腹筋はそこまで使わなくてすむけど(私が)、繊細さが際立つ感じでこれも好き。つまり全部好き。

きっともう演じる事はないのかな。
あの時期の彼だけが必要だったプログラムなのかなと、勝手に想像してる。
でも、もしもまた演じる機会があったとしたら、きっと全然違う印象のものになるんだろうな。

Ice Legends 2016 “Lacrimosa"

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