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高橋大輔 沼への道 step13 道化師

※このブログは全編著しく個人の妄想でできています。

2012年全日本フィギュアスケート選手権
フリー 道化師

激情に圧倒された。後にも先にもあれっきり、高橋大輔による大演説だったんじゃないか。

自分の中で表現について考える時、今のところ大まかに2タイプに分けていて、自分の主張を披露する演説型(仮)と、感情のやり取りを目的にする対話型(仮)。もちろん実際にはこの二つも複雑に絡み合ってるし、もっと色々あるんだけど、大まかに要素の比重で分けると。
で、自分は大輔さんを対話型(仮)の総本山みたいに思ってる所があって、音楽、演者、観客、会場、色んなものとつながって共鳴して、新しい爆発を生み出すのがめちゃめちゃ上手い表現者だと感じてた。今もそう思ってるけど。

自分を主張しようとしないのにものすごく独自性が際立つのは何なのか。持っている技術がユニークだったり表現の感性が独特だったり、それが演技の力量なのかな。この辺はまだまだ考え中。

それがこの時は演説に近かった。
違うか。演説でもない。
訴えるという意思より前の心の叫び。

その慟哭がこっちのお腹の底まで響いて来て苦しいくらいなのに、同情も慰めも許されない。でもその荒れ狂うような感情の波に一緒に呑み込まれてしまうカタルシスがある。
そしてそれが、とにかく壮絶に鳥肌が立つくらい美しい。

この時の実況アナウンサーによれば、振付のシェイ=リーン・ボーンがプログラムを作った時に「綺麗に滑ろうと思わなくて良い、激しくても醜くてもいいから感情を出してくれ」と言ったそうだけど…、剥き出しになった感情が、ぞっとする程美しかった。
まとめられた品のある美とは違う美しさ、シェイリーンはこれを目指していたのかな。

実はこのプログラム、最初のジャパンオープンでの披露時に良さそうだな〜と思ったけど嵌るという程ではなく、その後はピンと来ないままだった。グランプリファイナルでは、あ、なんか良いかもって思ったけど。(ああ冷酷強欲観覧者上から目線…💦)

でも全日本では、道化師のプログラムが持つ感情の激しさをまざまざと見せつけられた。あの時の震えは忘れられない。

後半になればなる程、演じている本人さえ取り込まれてしまいそうな荒波のような感情なのに、それが完全に表現になってた。とにかくどこもかしこも美しくて震える。本当に激情に囚われていたらあんな細部まで美しい演技にはならないはず。どこまでも表現者だ。

てゆうか、これ競技中なんだった。緻密に一つ一つの要素を重ねて点数を重ねて行く4分半の試合。ってホントに????
あんな入り込んだ感情表現、今この瞬間のその人の人間ドラマかと錯覚するよ。

…そう言えば一箇所、珍しくかなり音に先行して動いた所があった。感情が昂り過ぎて体の中で鳴る音楽が早まったのかな。本人の述懐では「あ、やってもうた」と思ってそこで一度我に返ったそうだけど(笑)。
いつも音楽を取り込むように聴く彼には、かなり珍しい事だと思う。それくらい強く「感情を出す」事を優先させながら、後は身体に沁み込んだ振付を信じて動いてたのかな。
結果的に4回転2回を含む圧巻の完成度。何をどうしたらそんな事が成り立つのか…

オペラ「道化師」とのシンクロ

この道化師の曲は、怒りに荒れ狂う激情の物語らしく、その意味でも音楽の持つ力と彼自身の表したい感情がピタッとハマったのか、この時はとんでもない爆発になった。
ジャッジ側に向かって手を差し伸べる所とか、ゾワッとした。

音楽が一旦ジャンっと終わって一瞬無音になったところで、スケートの氷を削る音をシャーッと鳴らしてこちらに向かってくる。その静かな氷の音から感じる押さえ込んだ怒りの感情。そのまま両手を差し伸べるその視線。…絞め殺されるんかと思った…。本当に。
しかもそれで本望だと思ってしまうくらい色っぽくて美しいんだ、大輔さんが。

実際にこの曲のオペラ「道化師」の主人公カニオが劇中で妻と愛人を殺めてしまう場面がある、と後で分かって更に鳥肌が立った。それ程の狂気の目。それくらいの悲しさとやるせなさで凄絶な色気になってた。


オペラの道化師は、主人公のカニオが自分の演じる舞台と自分の現実がシンクロして舞台中にその激情が大きくなっていくストーリーらしい。
音楽に没頭した大輔さんが、曲の力に取り込まれて本当にカニオを自分に降ろしちゃったのかと思うくらい、何もかもが道化師で怖くなって来るくらい。
高橋くんは音楽だけを聴く人っぽいから、きっとこの時もオペラのストーリーを演じようとした訳ではないと思うんだけど。それなのにこのシンクロ…。

曲の中盤でほんの短い間明るい長調に変わるところがある。いつもなら少し微笑みを見せるところ。道化師の主人公が自分の心を押し込めて「笑え」と自分を鼓舞して舞台に臨む部分の振付。
全日本では笑わなかった。
笑おうとしなかった。
それがかえってオペラのカニオとかぶる。

舞台の中、現実と劇の共通項に混乱し、劇中で演じながらも次第に自身の激情に巻き込まれ、演技から離れていく終盤のカニオ。
そのシンクロは偶然だったはずだけど。

意味付けされて与えられた振付よりも、自分のその時の感情を優先させたその表情が、プログラムとしての意味を感じたのはなんでだろう。

ティンパニの腹に響く重々しい響き、波のある不穏な旋律。
泣き喚きたい気持ちとか、ふがいなさへの怒りとか、それを仮面に封じ込めなければいけない辛さとか、道化師の中で語られる人間の持つ悲哀と愛憎がこれでもかってくらいに伝わって来て、そのドラマに呆然となった。
ヒラヒラ舞い落ちる黒い羽が物語の終わりを告げてもなかなか世界から抜け出せない。(妄想です)(羽はホントに落ちた)

スゴかった。会場にいた訳じゃないけど、TV越しでもその張りつめた空気はビシビシと伝わって来た。
実況の西岡さん言った「間違いなく歴史に刻み込まれる名演技」という言葉、本当にその通りで、あんなものが見られて観客冥利につきます(TV越しだけど!)。
同時代に生存してて良かった!!

異質に見えた演技

ただ…

自分は、高橋くんがこのタイプの演技をする事は、もうなくてもいい…というか、なければ良いなと思う。…かも知れない。

いや
あの道化師はイイ!
既に
一度演じられた演技をリピートするのは良い!何度も見て、何度も鳥肌立てて、何度も感動してる!また見ます!記憶に残る名演技だった!間違いない!ありがとう!!!

だけど。

…あの時のあんな、傷だらけの自分自身を差し出してしまうような演技は、引きずり込まれる程の魅力と同時に、切られるような痛みがあった。魂のどっかを削り取られてるんじゃないかって肝が冷えた。

高橋くんの才能の一つに、自分以外の何かに自分のすべてを明け放せるというのがある。たくさんのファンの方達が既に言っている事だけど、自分もめちゃめちゃ同意です。
音楽に、観客に、そこにある世界に、完全に自分を捧げ出せる時がある。

繕わない自分をさらけ出すって相当な覚悟が必要なはずで、それはもう芸術/アートの領域だと思う。出ちゃうのではなく出すと言う事は、自分自身を厳しく見つめる胆力が絶対必要だと思うから。
大勢の観客にぐるりと囲まれてたった一人で視線を集めた中、自ら自身を曝け出せるって本当にもの凄い力だと思う。スゴイ。

でもあまりにも無防備に見えて見てる方が不安になる事があって…。
この時も…。守りがあまりにも無い(ように見えた)。

もちろん、こっちの勝手な妄想で勝手に不安になってるだけで、高橋くんご本人はいつだって、彼自身の大切な人達に囲まれて、強くしなやかにしっかりと立ってるんだけど!

自分を捧げられるあの強さは、彼の表現の魅力でもあり、自分はきっとそこに嵌っているんだとも思う。
でもあの道化師は殊更に剥き出しで、いつものそれとも何か出し方が違って見えた。

観客と一緒に空気を作り出すようないつもの彼ではなく、孤高な人の絞り出すような叫び。

高橋くんの場合、対話じゃない時は、演説というより、独白に近い感じになるのかな。

とんでもない人だなあ。何がどうとんでもないのか上手く言えないけど、とにかくとんでもない人だと思う。表現の可能性がもう…。こっちにいくとこうなるのか。胸は痛むけど、これはこれでまたえらく破壊的に魅力的で…。
でもめちゃめちゃ辛くもあり…。

どっちにしても、演技はいつでも一期一会だから同じ演技は二度とないし、あの奇跡の時間はあの時だけのものだ。
ってゆうかあれ、演技でしたか???

つまり、とにかく。
さっきも書いたけどもう一度書く。
同時代に生存してて良かった!

曲が終わって一瞬目を見開いた高橋くんが、珍しく両手を挙げてガッツポーズをしたすぐ後、テレビカメラが捉えた長光歌子コーチがめっちゃ冷静(に見えた)で、静かに微笑んで軽く頷くのがまたとても、良い。
二人の関係の強さが見える気がした。


今年の全日本ではあの二人のキスクラがまた見られるんですね。
それも楽しみです!

Daisuke Takahashi (JPN) / Men's FS / 2012 Japan Nats [HQ] - YouTube